現代をどうとらえ、どう生きるか −民主主義、道徳、政治と教育−

現代をどうとらえ、どう生きるか

現代をどうとらえ、どう生きるか

佐貫浩 著、野仲千尋 イラスト/2016年12月/1900円(税別)

著者からのメッセージ

道徳を教科として設置することが、社会をよくし、子どもたちの成長を健全なものにするとのメッセージが、安倍内閣や教育再生実行会議(教育提言を行う安倍内閣の私的 諮問機関)などから発せられている。しかしそれは本当だろうか。

今、日本社会には、個人の側の責任に帰することのできない問題や矛盾──格差と貧困──が驚くほどの深刻さを伴って出現している。年収二百万円以下のワーキング・プアは2014年1139万人、労働者の4人に1人、非正規雇用が4割、2012万人に達し、女性は57.2%、15〜23歳の若者では50.5%となっている(総務省統計)。子どもや若者は、将来に対する深い不安を胸に、競争に追い立てられ、底辺では人間的ケアを奪われたり虐待にさらされたりする事例も広がりを見せている。貧困が直ちに子育ての困難と教育格差に直結し、教育格差がさらなる貧困を呼び込むという貧困スパイラルが起動している。いったんこういう貧困におちいると、そこから這い上がることが極度に困難になり、誰も救いの手を差しのべてくれず、人間としての誇りや意欲をも奪い去り、絶望に陥れるシステムが、社会の土台に深く組み込まれつつある。 それは社会の道徳性の大きな後退、人権や生存権保障という正義の後退に他ならない。

社会の仕組みや他者の支えを信頼して安心して生きることができるという信頼感が、一挙に低下している。生きる希望を奪われている人がすぐそばで苦しんでいるのに、周りの人間が、それは 「自己責任」 だと手をさしのべないままでいるような状態は、それこそ社会的な道徳性の後退というべき事態であろう。

にもかかわらず、道徳教育推進のメッセージは、社会の規範を守る個人の道徳性の弱まりこそが現代日本社会の活力を衰退させ、社会の安全を低下させているとして、問題を個人の規範意識や心構えの教育、自力で生きていく「強い」人間になれという「生きる力」を競わせる教育によって解決できるとしている。ここにある問題のすり替えを見 抜かなければ、問題の本質は見えない。

(第1章 今求められている道徳性の教育とは何か 「はじめに」より)

もくじ

序章 現代社会と命の尊厳 ──日本国憲法の正義と人間の尊厳をどう取りもどすか──
(一)現代──新自由主義下での非人間化の進行
(二)道徳性とは何か
(三)孤立と「自己責任」社会の到来
(四)憲法の社会的正義にたち、未来社会を構想する

第I部 道徳と社会

第1章 今求められている道徳性の教育とは何か──安倍内閣の道徳教育の狙いを批判する──
(一)社会の道徳性の後退は何によって引き起こされているのか
(二)安倍内閣は道徳教育へ何を求めるのか
(三)道徳の教科化がもたらすもの
(四)道徳性と道徳教育の危機にいかに対処するか

第2章 現代の道徳性を考える ──人間の尊厳への共感という力量の危機──
(一)排除と包摂
(二)道徳性の主体=担い手になることと自分本位性
(三)空間の道徳性
(四)人間の尊厳への共感と政治という方法による道徳性の回復

第II部 政治と人間の自由──政治的中立性と生徒の価値観形成の自由──

第3章 「政治的中立性」 を理由とした権力による教育統制を批判する ──自由民主党の 「偏向教育調査」 の危険性──
(一)〈教育価値統制のシステム〉+〈暴言政治〉の相乗作用
(二)政権党による「偏向教育密告サイト」の危険性
(三)「萎縮」 ではなく、教育の自由による対抗を

第4章 「教育の政治的中立」と教育の論理 ──十八歳選挙権と政治学習のあり方をめぐって──
(一)安倍内閣の「教育の政治的中立性」 への侵犯
(二)「教育の政治的中立」概念の二つの文脈
(三)「真理」と「価値」に関する教育の本質と「中立性」の関係
(四)若者に政治主体の位置を保障することが政治学習を生み出す

第5章 若者を歴史を作る主体に──主権者のための学習への転換──
(1)歴史的な岐路としての時代
(2)政治とは、ともに生きる方法を探究する過程と制度
(3)「正解」 を伝達する学習を生徒の主体的判断力を育てる学習へ組み替える
(4)政治制度の恐ろしさ──議会制民主主義の危うさ
(5)思考の自由、主体的判断を取り戻す
(6)政治学習にとって、表現の自由が不可欠である
(7)生徒の生活の中に自治と政治を立ち上げる
(8)権力こそ生徒の政治学習に対して 「中立」 の位置をとらなければならない
(9)青年期の学習を実現する

第6章 歴史を考える力としての学力の構造 ──「仮説性」という概念を介して歴史認識の学力を考える ──
(1)「物語」 としての歴史と「科学的な歴史」の関係をめぐって
(2)歴史認識の「仮説性」 と歴史に関する学力の構図
(3)「仮説性」と加藤公明実践の論理
(4)歴史認識の主体性と 「仮説性」 を学力の核心と捉える
(5)生きる力と学力の関係
(6)応答責任性と公共性の知

第7章 生徒の価値観形成の自由と教育の「中立性」 ──歴史教育と歴史認識をめぐっての学生との対話から──
(一)はじめに──なぜ、「価値の自由」 と 「中立性」 を問うのか
(二)本多公栄の授業論の構造への補足コメント
(三)生徒の価値の自由と「中立性」をめぐる学生との対話

第III部 民主主義と自由

第8章 現代把握の困難性と歴史意識形成への教育の課題──社会の透明化と主体性剝奪のメカニズムを打ち破る──
(一)社会の仕組みの「透明化」と政治への「無関心」
(二)現代とはどういう時代か
(三)現代認識と歴史認識──自己責任意識と社会責任の認識
(四)生きている現在の「意味化」と歴史意識

第9章 民主主義を考える ──声を上げる民主主義とは何か──
(一)個が思考の主体となる民主主義
(二)日本社会と教育の新しい物語を描く──人間を回復する表現と民主主義──

あとがき